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山との出会い 4
山に登るようになって、気づいたことはたくさんある。
私たちは、高度成長の時代に育ち、どんどんみんなが豊かになっていくようすを目の当たりにしてきた世代だ。オイルショックのときには、一転して、物がなくなる恐怖におびえたおとなたちがトイレットペーパーに群がった。そのあさましいとも思える姿をテレビでみながら、「何だか変だなあ?」と思っていた。
それでも、オイルショックが収まると、また世の中は消費社会に戻っていったような気がする。日本は資源がないのに、こんなに消費ばっかりしているなんて、何かが間
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2007/11/14 19:06 |
山との出会い 3
そう、今だって時々、珍しく普通(最近の私の普通は登山ウェアなので、山好きでない人の普通)の姿で街角を歩いていて、見るともなく、ショーウィンドウなどに映し出された自分の姿を見ると、『あ〜、これじゃ、あまり、山に登る人とは思ってもらえないだろうなあ』と思う。
でも、本当に‘私の普通の格好’で歩いていると、これはまた、いつでも山に行けそうな服装なので、「山から帰ってきたんですか?」と聞かれてしまう。俳優という職業(特に女優というもの)には、どうもイメージというものがかなり強くあるらしい。その視点
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2007/11/14 14:53 |
山との出会い 2
私は、小学校のころ、からだが弱く、しょっちゅう熱を出しては学校を休み、家でひとり遊びをするような子だった。朝礼で長時間立っていると倒れて、保健室に運ばれることもしばしばだった。2時限位までそのまま過ごし、早退するのも日常のようだった。その後も、一貫して運動と名のつくものはすべて苦手で、努力や根性といった、額に汗するイメージのものも嫌いだった。中学、高校通して女子校だったことも、運動嫌いに拍車をかけたような気がする。
そんな学生時代を知っている友人たちは、山に登るという私を、かなりあきれて見
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2007/10/24 19:41 |
山との出会い
私が山に登るようになったのは、今から17年前。父が最期を看取られた先生にお誘いいただいたのがきっかけだった。
私の父は、医師として60年以上働かせてもらった恩返しにと永久献体を言い残していた。父が他界して2年ほどして、献体の解剖所見がわが家に届いた。しばらく時がたっていたので、私も落ち着きを取り戻していた。私は、医師であった父の思いを、同じ医師として最期を見届けてくださった先生に知っていただきたくて、解剖結果の報告に伺った。
くつろいだ雰囲気の中、父の入院中の思い出話に花が咲き、やがて
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2007/10/01 00:00 |
富士山
富士山に行った。仕事だから、登れないけど、久しぶりの富士山だ。せめて見るだけでもと楽しみにしていたのに、残念ながら、早朝から厚い雲の帽子を目深にかぶり。姿を見せない。そのうち、そのうちと期待して、仕事の合間に外をのぞいたが、とうとう雨が音を立てて降りはじめて、午後にはすっかり姿を隠してしまった。頭が見えない富士山はただ黒々と横たわるだけだった。
登山をはじめたばかりの17年前、「次回は富士山かな?」と仲間に話した。初登山ですっかり登山にはまってしまった私は、最高峰に敬意を表し、単純に次は富
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2007/07/15 13:17 |